北九州 まなびとキャンパス"

夢リレー

オフィスKAORIYA 山下 香織さん


Profile
1976年北九州生まれ
北九州市立大学経済学部を卒業後再春館製薬に入社
その後、株式会社TMJを12年間勤める
現在は独立して「KAORIYA」を立ち上げ、美容ライター・モテ顔メイクでフリーランスとして活躍中

美容との出会い

「美容は一生の友です。」と柔らかい笑顔で話す山下さん。そんな彼女が人生を美容にかけようと決断したきっかけとは一体何なのか。

山下さんが美容と出会ったのは、18歳の高校三年生の時。ずっと肌トラブルに悩んでいた彼女に姉が一つの化粧品をプレゼントした。それを初めて使った時、地獄の底から天に上るように救われたという。「これなら一瞬で悩みが隠せる…!」死のフチから引っ張り上げてくれた美容は、山下さんの人生の友になった。「私にとっての美容は“美”よりも“悩みの解決”の手段でした。」と語る山下さん。ずっと頭の片隅で美容のことは存在し続けていたが、英語と国語が好きだったので、高校三年生の時は美容に進むとは思っていなかったという。では、山下さんはどんな学生生活を送ってきたのだろうか。

学生時代

北九州市立大学経済学部出身の山下さん。英語と国語が好きだったという山下さんだが、なぜ経済学部を選んだのか。

「本当は北九大の英文に行きたかったし、数学もしたくなかった」と笑いながら話す山下さん。英文を目指していたが、高校三年生の秋の模試の結果後、先生から北九大の経済学部の枠を勧められる。英文を諦めて経済に進むか、受かる保証はないが諦めず頑張るか、山下さんは初めての大きな選択の壁に悩んだ。悩んでいる中で「『先生は先を行く人。私の三年間を見てきて経済を勧めるということは何かの良いキッカケになるかもしれない。』と一瞬思った。その一瞬を信じていこうと決めました。」と山下さんは強く話す。

そして、受験のために練習した小論文で文章を書く面白さに気付き心が揺さぶられる。今では、これは恩師から与えられたチャンスだったと山下さんは話す。「自分は文章を書くことが向いている」というのは自分では気づかなかったこと。その当時は文章を書くことが仕事になるとは思っていなかったが、今の仕事の一つであるライターに繋がるきっかけになった。

その後、北九州市立大学の経済学部に合格。嫌いな数学をしなければいけない経済学部を選んだ山下さん。この変える事の出来ない環境下で、あることをしたという。「学部の中で自分の好きなコトをどう続けていくかを探りました。」そう話す山下さんは、英語をしたい気持ちは諦められなかったのでビジネス英

語を受講し、好きな英語を続けた。四年間は数学をしなければいけない環境の中に置かれていたが、「やらなきゃいけない事、義務はきちんと果たした上で自分の好きなコトを楽しんでいた。」と山下さんは話す。そして、結果的に今の仕事、“美容”は人生の友であったから一生で必要な知識を得ることができたという。

大学四年生からの就職活動は、一人一社も内定が貰えないといった状況の中で行った。この状況下で山下さんは、進む道を美容と教育の二つに絞った。「器用ではないので。10個あったら2、3個の好きなことを突き止めます。」こういう性格からこのように就職活動を行う選択をしたのではないか、と話す山下さん。そして、見事二社目に内定を貰った再春館製薬に就職。再び美容の道を選んだ山下さんはどのような社会人生活を送ってきたのか。

社会人になって人生で初めての挫折

自分が人生の友と語る美容の道に進んだ山下さん。再春館製薬では、化粧品事業部で営業職を勤めることに。そこで彼女は初めての挫折を体験する。

21歳の時に再春館製薬に入社した山下さんだが、「同期一年目は100人いたら3%の人しか残らなかった、それほど厳しかったです。」と真剣な表情で話し始めた。一年目は、なかなか結果を残すことが出来ない日々が続き、涙を拭くのにティッシュが手放せなかったという。しかし、二年目になって努力が実を結び、結果を残すことができ、営業成績がトップクラスになった。

後に、山下さんはトレーナーに抜擢される。トレーナーの立場になった山下さんは、新人を指導する立場になり「仕事ってなんだろう?」と考えるようになった。テストで100点をとる為に勉強することと、ひと月で100万売ればいいというのは同じこと。今までこういった目標に向けて頑張ってきたのが、トレーナーは目の前にいる新人がみんな100万売れるように育てなければいけない。最初は報告・連絡・相談も分からずに仕事をしていたという。焦って上司の指示を聞き洩らし、新人に間違った指導をしてしまったこともあったとか。山下さんは、「人生で初めてあんなに怒られました。」と話す。当時は、夜中まで勉強し、睡眠時間は1~2時間程しかなく疲れが取れない毎日が1、2ヶ月続いた。しかし、いい恩師・同僚・後輩に恵まれ、良い環境の中で仕事をすることができて救われたという。「人の為に何をしたいという気持ちがモチベーションでしたね。」と山下さんは笑顔で話す。

未来に向けて

「百円を書いてください、と言われたら、立体的な百円を書く人もいれば、漢字や数字で百円を書く人もいますよね。」そう話す山下さんは、同じ百円でも“選択肢”がある、その中でも“たくさんの選択肢”があると信じている。自分である程度の制約条件を決めて、その中でどのようにして楽しむかを選択する。「楽しいことに貪欲なのかもしれないです。」と山下さんは話す。

これからの山下さんも、“選択肢”を絞り、それを尖らせることで自分らしい道を歩み続けていくだろう。